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【バジリスク】弦之介と朧が生きていた理由は?子供「八郎と響」とは!【桜花忍法帖】

バジリスクの新章『桜花忍法帖』がアニメでも放送されバジリスクファンにとっては待ちに待った新章に歓喜をしている方も多いのではないでしょうか!?

今回の『桜花忍法帖』は弦之介と朧の子孫がメインとなっており甲賀忍法帖より10年後の寛永3(1626)年が舞台になっており、以前の『甲賀忍法帖』のような忍術の応戦も健在です!

しかし、多くの方が見始めて疑問に思った事があるはずです・・・

『なぜ死んだはずの弦之介と朧の子孫がいるのか!?』

前作の甲賀忍法帖では甲賀と伊賀の対決の最後に二人で自害して川に流されているラストだったので子供がいる様子はありませんでした!

ではいつ子供が生まれたのか!?その疑問を今回は解決していきたいと思います。

 

 

弦之介と朧の子孫はなぜ生まれたのか!?

 

桜花忍法帖から登場した弦之介と朧の子孫は「甲賀八郎」と「伊賀響」の双子です。

 

 

八郎は弦之介同様に『害意をもって攻撃を仕掛ける相手に対して、その害意を跳ね返す』という瞳術を引き継がれています。

響も同様に朧の『忍術を無効化する』という瞳術を使う事が出来ますので二人は紛れもなく弦之介と朧の子供ですね!

二人の子孫の誕生については桜花忍法帖の中では、『実は弦之介と朧は生きていて戦いの後に生まれた子供』としてストーリーは進んでいきます。

 

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なぜ弦之介と朧は助かったのか!?

 

弦之介と朧は間違いなく自害を完璧に行ったと考えられます。

多くの甲賀伊賀の同胞が命を無くしていった中、二人だけが助かろうという考えはなかったはずです!

となると「誰かに助けられた」と考えるべきなのではないでしょうか!?

その誰かとは桜花忍法帖の中でも語られる「服部響八郎」です。

 

 

八郎と響の二人の名前にもなっている「服部響八郎」が二人が最後に自害をするフリ?を仕向けて助けたという設定です!

前作の感動的なラストだっただけに少し感動が半減してしまうような内容ですが、今回のストーリー設定はこのようになっています。

 

その後の弦之介と朧は!?

 

二人を生んで育てた後の弦之介と朧の消息は謎に包まれてます。

桜花忍法帖の作中では出てきていないところを見るとその後に亡くなったと考えるべきかもしれませんね!

響と八郎も弦之介と朧の事についてはあまり語っていないので、もしかしたら子供を産んだ直後に亡くなった可能性もあります。

 

ファンにとっては嬉しいような悲しいような・・・

 

今回の桜花忍法帖の設定に関してはファンにとってはちょっと無理やりな感じもしますので、感動的なラストが台無しになってしまいました・・・

しかし、桜花忍法帖は前作同様に面白い内容になっていますので、新しいストーリーと考えると楽しめる内容になっています。

今後アニメのストーリーが進むにつれて弦之介や朧を含む過去の忍者の事も語られるかもしれませんね!

これからまだまだ盛り上がってい桜花忍法帖から目が離せません!

 

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